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第15回 『股関節痛を自分で治す』

福岡和白病院 リウマチ・関節症センター長 林 和生 先生

福岡和白病院
リウマチ・関節症
センター長
林 和生 先生

平成22年3月に『股関節痛を自分で治す本』がマキノ出版から発売されました。この本は、著者が指圧整体院の院長である大谷内 輝夫おおやち てるお先生で、それを整形外科医師が監修しているという非常に珍しいタイプの本です。そこで、今回は監修者である福岡和白病院 リウマチ・関節症センター長の林 和生はやし かずお先生に、本に書かれている運動療法とその効果についてお話を伺いました。

  1. 大谷内先生の運動療法との出会い
  2. 患者さんの状態にあった運動
  3. 運動の効果
  4. 長期間続けられる運動を
  5. 大切な筋力のバランス
  6. 術後の回復を早めて杖なし歩行を実現する
  7. 対象とならない疾患
  8. おわりに

1.大谷内先生の運動療法との出会い

私も整形外科医ですので、長年診療をおこなううちに、股関節疾患に対する治療の中心が”手術”にシフトしていたと思います。それでも、運動療法の必要性は常に感じており、骨切りや人工関節など手術の適応のある患者さんを含めて、必ず股関節を支点にして下肢の上下運動を行う外転訓練(中臀筋の訓練)を指導してきました。
しかし、特に人工関節の患者さんについては、私が行ってきた筋力訓練で手術が回避できたことは20年間1度もなかったと思います。かえって痛みが酷くなり、それが原因で患者さんが来なくなってしまうこともありました。そして、次に受診された時には「手術しましょう」という話になってしまうのです。
「運動療法をしてもどうにもならない」と半ばあきらめつつも、何か良い方法はないかと医学書や医学研究を調べました。私は、手術回避・延期に関する運動療法については患者さんが容易に自宅で行うことができしかも生涯にわたり長期間行えるものでなければならないと考えています。仕事を休んで半日~一日かけて通院せねばならない方法では長続きせず結果として手術の回避・延期は難しくなるだろうと考えています。つまり、ホームエクササイズ中心でなければならないということです。しかし、整形外科領域のホームエクササイズによる運動療法については、私も含めてですが、その研究がなされておらず、「大きな筋肉をきたえる」という程度で、具体的に「こうすれば手術を延期できる」というものはありませんでした。手術に関する研究は非常に多いのですが、手術回避・延期に直結する運動療法の研究はほとんどされていないのが実情でした。
そこで、10年程前から一般の書店で運動療法に関する本を探し続けていたところ、大谷内先生の前著である『ひざ痛・股関節痛は自分で治せる』という本に出会ったのです。手にとった時に、直感的に「これはキネシオロジー(運動機能学)に基づいている」とわかり、この時、初めて民間療法の本を買いました。
大谷内先生の運動療法は、キネシオロジーをかなり理解された上での治療法で、変形性関節症における股関節の荷重点を矯正して、拘縮をやわらげる柔軟体操を基本にした筋力トレーニングをおこなうこと、そして、腰椎、股関節、膝、足関節全体から下肢全体のバランスを重視するという、これまでの整形外科にはない画期的な運動療法でした。しかも、患者さんが自宅で安全に行える運動療法ですべてのプログラムが構成されていました。この本を一晩で読み、「これは1回やってみよう」と、あきらめかけた運動療法にあらためて取り組むことにしたのです。

2.患者さんの状態にあった運動

中殿筋をきたえる股関節の外転訓練がもっとも効果的な運動であることは間違いありません。それではなぜ、今まで整形外科で行ってきた股関節を支点にして下肢を上下運動させる中臀筋の訓練で効果が得られなかったのかというと、次のような理由があると思います。
一つは、手術が適応となるような進行した症例では関節が拘縮していることが多く、運動をしても股関節が動かずに代わりに骨盤を動かしていて、実際には中殿筋が動いていなかった、ということです。もう一つは、この運動で痛みが増強することが多いことです。
この本に書かれている運動療法は、患者さんの病態をとらえた荷重点(かじゅうてん)調整法というものです。股関節の痛みの原因は、荷重がかかった時に股関節が不安定に動くことで発生し、進行していきます。この股関節の動きを最小にして進行を止めるのがこの運動の特徴です。

写真1 足の横上げ、前方5~10度

写真1 足の横上げ、前方5~10度

中殿筋をきたえる訓練では、右の写真1のように、痛い方の足を上にして横になりその足をまっすぐに伸ばした位置から5°~10°前に出し足の上のラインが床と平行となるように写真のように設定してください。次に乗せた足の踵(かかと)を15秒間突き出して太ももの外側の筋肉を強化します。

※写真ではバスタオルを下腿の下に置いておりますがご家庭では内くるぶしの下に枕等の物で代用されてもかまいません。

この運動で、「今は手術を何とか避けたい」、「痛みを取りたい」という思いは7~8割程度実現できると思っています。ちなみに、この運動の中で、痛い方の足を前方につき出すというのは、実際に変形性股関節症の患者さんから「こうやってみたら良かった」と教えられたとのことです。

3.運動の効果

この運動療法を当院で取り入れて2年半の間に通院した患者さんは500名を超え、その方々の8割は確実に良くなっています。
改善の指標として用いているのは、日本整形外科学会の『股関節機能判定基準』、通称JOAスコアと呼ばれるもので、股関節の痛み、歩行、日常生活の動作などをもとに、正常を100点満点として病状を点数化したものです。

症例1 JOAスコア56→81

症例1 JOAスコア56→81

症例2 JOAスコア59→93

症例2 JOAスコア59→93

症例3 JOAスコア47→65

症例3 JOAスコア47→65

 

 

 

 

 

症例1は右の股関節症の患者さんで、初診時、すでに3つの病院で人工股関節手術を勧められていました。すぐに荷重点調整法を始めましたが3~4月経っても改善がみられなかったため、私も手術を勧めた症例です。しかし、運動を始めて半年ほど経過すると痛みが引きはじめ、現在では1時間以上痛みなく歩行できるようになり、遠方に住む家族を訪問するなど充実した生活を送られています。

症例2も右の股関節症の患者さんです。この方は初診時、寛骨臼回転骨切り術が予定されていましたが運動を始めて3ヵ月でほとんど正常に近いくらいまで改善し手術はキャンセルになりました。2年経過した現在では、 生活にほとんど支障のない生活を送られています。

症例3は左の股関節症で関節が近位(上方)の方に脱臼しています。こうなると左右の下肢の長さ(脚長差)もかなりあるので、補高(ほたか)といって靴の中敷などで下肢の長さの調節をおこないます。手術までの時間をできるだけ稼ぐことを目的として運動療法を続けています。

このように、かなり進行した股関節症の患者さんでも効果が出ていますが、患者さんが途中で運動をやめてしまう可能性もありますから、効果が永久的に続くかどうかはわかりません。そのような意味で、この分野は”非科学的”と批判を受けるかもしれません。この運動の医学的な検証はこれからおこないますが、非常に多くの方に効果があり、実際に手術が回避できているのは事実なのです。

4.長期間続けられる運動を

大事なことは患者さんの歩行パターンをよく分析してその患者さんに最も適ししかも自宅で長期間行えるプログラムを作成することです。私は、1日20~30分を毎日いつまでも続けることを指導しています。
大谷内先生と、1日20~30分で効率よくかつ安全で長期間継続できるプログラムシステム(林―ゆうきプログラム)を共同研究しています。

5.大切な筋力のバランス

実は、患者さんは股関節だけ治っても歩けないのです。既に手術をした患者さんでも、膝関節やアキレス腱が拘縮してほとんど伸びないことがあります。また腰椎の病気で腹筋背筋が弱っている場合も、上手く歩くことができません。ですから、股関節の筋力訓練と同時に、膝と足関節の拘縮を取る運動と腰背筋の増強訓練をおこなう必要があります。
これは、股関節が動かないからではなく、同時に悪くなっていることが多いです。特に手術と言われるくらいの患者さんの多くは腰痛を訴えています。同時にアキレス腱はほとんど伸びません。膝に関しては、中には変形性関節症になっているケースもあります。それらを同時に矯正して、下肢全体のバランスを考慮した運動療法を行なうことが重要です。

6.術後の回復を早めて杖なし歩行を実現する

大谷内先生の股関節の患者さんは常時1,000人くらいいらして、その内600人は人工関節の術後の患者さんだそうです。その方々にアンケートを取ったところ、術後5年しても杖が外せない人が半数以上いたそうです。
たしかに、我々整形外科では以前は人工関節の耐久性が10年くらいしかなかったためゆるみを防止する目的で「杖をついてください」と患者さんに説明していました。しかし、現在は人工関節のデザイン・材質の研究により人工関節自体の寿命は延びていて、昔と違っていつまでも杖を使う必要はありません。それにもかかわらず手術をしたのに5年、10年しても杖がとれないと思うと、手術を受ける気にならないと思います。このように術後いつまで経っても杖がはずせない原因は、術前のリハビリテーション調整の不足に起因する歩行時の下肢・腰椎の不安定性(バランス不良)と考えます。
大谷内先生の運動療法は、関節の拘縮の改善に優れた効果を発揮します。ですから、これから手術を受けられる方も、手術の半年前くらいから運動を始めておくと、術後の回復も早くなり、早期に杖なしで歩行できるようになると思います。
現在、大谷内先生との共同研究により術後早期の社会復帰・杖なし歩行を実現させるための術前リハビリ(林―ゆうきプログラム)を開発中です。

7.対象とならない疾患

残念ながら、関節リウマチや大腿骨頭壊死症、ペルテス病、感染性疾患、18歳未満の先天性股関節脱臼はこの治療の対象になりません。
また、変形性股関節症でも、膝を曲げた状態で股関節が外に10度以上開かない場合は、我々は手術を勧めています。たとえ痛みが軽くても、その股関節をかばって他の関節が悪くなってしまうからです。患者さんが手術を希望しなければ様子を見ますが、少なくとも25度以上開かない場合は運動前に整形外科医による診察をお勧めします。
なお、夜間に痛みがある場合でも、我々の病院では治療を始めて3ヶ月目に診察をしますが、痛みは改善をしています。色々な病院で「手術と言われました」。という夜間痛のある患者さんでも、半年とか1年経って1時間歩けるようになったということも結構あります。

8.おわりに

我々関節外科医が謙虚に考えなければならない問題は、もしも自分が股関節症になった場合に、直ぐに手術を受けるかどうかです。股関節やひざ関節など体重がかかる関節の手術は、社会復帰までの期間が長いのです。人工関節の場合は完全に社会復帰するまでに、実際には3ヶ月はかかり、骨切り術だと半年はかかります。すると、その間に十分な仕事ができないなど、損失はかなり大きくなります。
そのような理由から、患者さんの中には「今は手術を受けられない」という方がとても多いです。ガンであるとか失明するかもしれないということであれば、仕事も何もすべて犠牲にして直ぐに手術を受けるでしょう。しかし、股関節症は命に関わる病気ではありません。私だったら手術はせずに、なんとか定年まで延ばす方法はないかと考えます。
本にも書いてありますが、この運動は股関節症そのものを治すものではなく、痛みをとることを目的としています。今後は研究と分析をおこない、これらの運動が本当に効果的なのかどうかを医学的に検証していきますが、この運動療法によって仕事・子育て・親の介護などの理由ですぐに手術を受けられない患者さんが手術を回避したり手術までの期間を延ばしたり、また、手術した場合は早期に回復され杖なし歩行になることを願っています。

協力:
社会医療法人財団 池友会 福岡和白病院
リウマチ・股関節センター長 林 和生 先生

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この情報サイトの内容は、整形外科専門医の監修を受けておりますが、患者さんの状態は個人により異なります。
詳しくは、医療機関で受診して、主治医にご相談下さい。