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第23回 『スペシャリストに聞く~骨セメントを使用した人工股関節置換術~』

片山先生写真3人工股関節の固定方法には、骨セメントを使用するものと使用しないものがあります。今回は、骨セメントを用いた人工股関節置換術について、これまでに3,000例以上の経験を持つ北海道整形外科記念病院 副院長 片山直行先生にお話を伺います。

  1. 人工股関節の固定方法
  2. 骨セメントと人工股関節置換術
  3. インプラントの特徴
  4. セメント固定の利点
  5. セメント手技の習熟という課題
  6. 減り続けるセメント固定
  7. 医師を教育するシステムが重要
  8. おわりに

1. 人工股関節の固定方法

図1インプラント人工股関節(インプラント)は、大腿骨側に設置するステム、寛骨臼側に設置するカップ、そして、その間に入る骨頭とライナーで成り立っています(図1)。インプラントの固定方法には、①寛骨臼側カップも大腿骨側もセメント固定するもの(オールセメント固定)、②寛骨臼側も大腿骨側もセメントを用いないで行うもの(セメントレス固定)、③寛骨臼側はセメントレス、大腿骨側はセメント固定するもの(ハイブリッド固定)、④寛骨臼側はセメント固定で、大腿骨側がセメントレスのもの(逆ハイブリッド固定)の4つのパターンがあります。日本ではセメントレスが8割程度を占めています。

 

 

2. 骨セメントと人工股関節置換術

骨セメントはアクリル樹脂の一種で、もともと歯科治療で使用されていたものを人工股関節の固定に応用するようになりました。

オールセメントの人工股関節置換術はイギリスで始まり、すでに50年を超える歴史がありますが、一時期、骨セメントが原因とされる成績の不良が指摘されて、骨セメントを用いないセメントレス人工関節の開発が一気に進んだことがありました。しかし、当時のセメントレス人工関節の成績もおもわしくなく、成績不良は骨セメントが原因ではなかったということがわかりました。現在では、骨セメントを使用する人工股関節(特に大腿骨側のステム)では30年以上の良好な臨床成績が数多く報告されています。

人工関節の成績を見るためには、長期に渡って患者さんの状態を追跡調査する必要があります。北欧やイギリスなどでは、レジストリーと呼ばれる人工関節登録制度がすでに確立していて、そのデータによると、オールセメント固定が最も成績が良いとされています。しかしながら、セメントカップの成績がステムほどは良くないという結果も出ており、寛骨臼側をセメントレスで行う「ハイブリッド固定」が導入されました。私たちの施設でも現在ハイブリッドで行っています。なお、オーストラリアのレジストリーでは、55歳以下の患者さんでは、ハイブリッド固定でセメントレス固定よりも成績が良いというデータが示されています。また、英国では、ハイブリッド固定がすべての年齢の患者グループで良好な成績を示しています。

なお、セメントカップの問題は「ゆるみ」とされています。それに対して、セメントレスカップの場合は、ライナー(インサート)のポリエチレンの「摩耗」によって骨が解けてしまうことが問題とされています。近年、ポリエチレンの摩耗に対する研究が進み、かなりポリエチレンが進化しています。新しいものなので、これが本当に良いかどうかはまだわかりませんが、メーカーのデータを信用すれば、カップはセメントレスで十分良い成績が得られるのではないかと考えています。

3. インプラントの特徴

ステム骨セメントを用いる際に使用する、いわゆるセメントタイプのインプラントとセメントレスのインプラントは、材質や素材、表面加工等が異なります。

まず、ステムについて、素材はセメントタイプもセメントレスタイプも同じ金属製です。現在、世界で最も多く使われているセメントタイプのステムは表面が鏡のようにツルツルした加工で、くさび型をしています(写真1左)。これは骨セメントの材質特性にあった形状と加工と言えます。セメントレスタイプのインプラント(カップ、ステム)の表面には、患者さん自身の骨が入り込んで固定されるような特殊な加工がされています(写真1右)。

カップ

次に、寛骨臼側に設置するカップですが、これはセメントレスタイプが金属製(写真2右)なのに対して、セメントタイプはプラスティック製(写真2左)と大きな違いがあります。

 

4. セメント固定の利点

セメント固定による人工股関節の利点として、術後すぐに固定性が得られる(術後早期に歩ける)こと、どのような形の骨にも適合させやすいこと、設置時に打ち込まないので骨折などのリスクがないこと、インプラントの抜去が容易なこと、感染の治療が可能なこと、長期の優れた臨床成績があることなどが挙げられます。

無題また、これまで、セメント固定後の再置換の際に、ステムは簡単に抜けても残った骨セメントが除去しにくいことが課題とされてきましたが、最近では、骨セメントをすべて除去せずに新しい骨セメントを追加して固定するという手術法も確立されていて、時として初回に行う手術よりも再置換の方が簡単に思えることがあるほどです。

若くて骨質が良い患者さんにはセメントレスで、高齢で骨粗しょう症の患者さんやリウマチにはセメント固定で、という使い分けをする医師もいます。私も以前はそのような考えで使い分けをしていたこともありますが、ステムについては、今はすべての症例でセメント固定が良いと考えています。

5. セメント手技の習熟という課題

セメント固定は一つのものを習得すればすべての症例に使えますが、セメントレスは使い分けなければなりません。再置換や骨が弱い患者さんなど、絶対的にセメントを使うべき症例というのがあります。普段セメントレスで手術を行っていて、その様な数少ない症例をセメント固定で行おうとすると、それは簡単なことではありません。

骨セメントを使用する時には、室温を管理したり、セメントを混ぜる時間をカウントしたり、基本的な注意事項がいくつかあります。ですから、医師だけでなく手術室のスタッフが骨セメントの扱いに慣れていることが重要です。また、骨セメントを大腿骨の中に注入する際には、洗浄をしっかり行い、途中に栓を詰めて骨セメントが骨の中に入りすぎないようにし、セメントの固さの適切なところで注入しなければなりません。これらの注意を怠ると重篤な合併症を招く場合もあります。

このようなことから、骨セメントの手技は難しいと思われる医師もいますが、あるレベルまで到達するとセメントレスよりも楽に手術が行えると思います。とにかく、セメントの手技を見て覚え、実際に数を重ねていくことが大切です。

6. 減り続けるセメント固定

セメントステムはかなり成熟した段階にあると考えられていますが、現状は、セメント固定ではなくセメントレスがどんどん増えています。骨セメントでの人工股関節の成績が良いのはみんなわかっているのに、傾向としてセメントレスが増えていることは不思議です。これを「Uncemented Paradox(セメントレスのパラドックス)」と名付けて、例えば、メーカーの方針でセメントレス製品の開発がより進んでいるとか、医師たちが煩雑な骨セメントの手技を敬遠して簡単な(とは思いませんが)セメントレス手技を好む傾向にあるとか、何らかの要因があるのではないかと研究している医師もいるくらいです。

7. 医師を教育するシステムが重要

このように、日本でもセメントレスによる手術が8割を占め、今では「骨セメントを見たことも触ったこともない」という医師もいます。セメントステムを使っている医師たちは、「このままでは骨セメントを用いた人工股関節置換術は絶滅してしまう」と危惧しています。しかし、熟練の現役医師がいる今ならまだ間に合います。今のうちにセメントの技術を若い先生方に教えておこうということで、2013年には『CHEF(Cemented Hip Education Foundation)』という教育機関を立ち上げました。

活動内容としては、セミナーを開催して、骨セメントの基本から、実際に模擬骨を使って実演して見せたり、実演してもらったり、講師が丁寧に指導しています。また、ラーニングセンターとして他の病院から医師の見学を受入れるなど、セメントテクニックの普及に努めています。

8. おわりに

人工股関節置換術において、特にステムについては、新しいものにチャレンジする時代は終わったのではないかと考えています。しかし、臼蓋側はまだセメントレスの進歩の余地は十分にあると思いますし、進歩するには新しいチャレンジが必要です。新しいものは開発しなくて良いとは言えませんし、とても難しいところではあります。ただ、良いものがあったらそれを使えば良いと思うのです。

術後短期のことだけを考えたら、セメントでもセメントレスでも固定方法にこだわる必要はないかもしれません。しかし、その患者さんを手術後も長期に渡って診察しようと思ったら、自然とセメント固定を選んでいました。理由は長期成績が良いからです。「この患者さんを30年診るんだ」と覚悟を持って手術をしています。一つの病院に長く勤めていると、自分が10年前にセメントレスで手術した患者さんを診察することがありますが、順調に経過しているとか、残念ながら思わしくないな、ということもわかります。それは長期間に渡って診察して初めてわかるものなのです。

セメントレスを使用する医師は医師で信念を持って手術を行っていると思いますし、私自身も信念を持って取り組んでいます。セメント固定の技術をマスターしたことで、あらゆる症例に適応でき、自分の思い通りに手術が行えることを幸せに思いますし、より多くの医師にそのようになってもらいたいと願っています。

協力: 北海道整形外科記念病院 副院長 片山直行 先生

この情報サイトの内容は、整形外科専門医の監修を受けておりますが、患者さんの状態は個人により異なります。
詳しくは、医療機関で受診して、主治医にご相談下さい。