日本で、一年間に人工股関節の置換術を受けられる患者さんは約5万人と報告されています。人工股関節(インプラント)の形状や手術法がおおよそ現在の形となってからも50年以上の歴史のある医療技術ですが、最近のインプラントの進化について、JCHO星ヶ丘医療センター 整形外科部長の原口 圭司(はらぐち けいじ)先生にお話を伺いました。
1. 人工股関節インプラントの進化
人工股関節(インプラント)のうち、骨盤側に固定される部分には金属のカップ部分と、摩り減った軟骨の代わりとなるポリエチレンのインサート部分があります(右図)が、このポリエチレンが摩り減ってしまうこと(摩耗)がこれまでの問題でした。 そして、摩耗してしまった場合には、手術で取り替えることが必要になることもありました。
ポリエチレンがこの10年でかなりの進化を遂げ、ほとんど摩耗の心配がなくなるレベルとなりました。
これにより、耐久性が増しただけでなく、薄いポリエチレンを使うことが可能となり、結果として大きな骨頭が使用できるようになりました。これは、本来の患者さん自身の骨頭のサイズに近づいており、動いた時に骨やステムのネック部分と当たって脱臼する危険性が低下することを意味します。これが一番大きな進化であると思います。(下図 左小さい骨頭、右大きな骨頭を使用した症例)
また、材質だけでなく、形も進化しており、大腿骨ステムのネックが細くなったことで先に述べた大きな骨頭と合わせて、より脱臼の危険性を減少させました。日常生活に支障のないレベルに近づいています。
その他にも、大腿骨ステムでは日本人の骨の形態に合わせてデザインされたもの、頚部の角度の異なるもの、パーツが分かれるものなど多様性も増えてきました。
2. インプラントの多様性による患者さんへのメリット
ひとりひとりの骨の形は違いますので、手術前にCT画像でその患者さんに最も適合するものを選ぶことができます。例えば、頚部の角度の異なるものがあることは、脚の長さを揃えたり筋肉の張りを調節することに役立ちます。ネックのパーツが分かれるタイプのものは、骨の捻れの大きな患者さんにより適合するものを選ぶことができるわけです。
3. インプラント以外の進化
手術の方法やリハビリテーションも変わりました。中でも、手術用のナビゲーションシステムの存在は大きいと思います。「インプラントを正しい位置に設置する」ということが耐久性に大きな影響を及ぼすわけですが、ナビゲーションを使うことでより正確な設置が可能となりました。
4. 進化したインプラントにより制限のない生活へ
インプラントの進化によって、個人的には、「手術をしたから、○○はしてはいけないのは当たり前」、という「あきらめる手術」ではなく、「手術したことを意識せずに暮らせる」ようになってきたと思います。
痛みと共に生きるのが日常となっている患者さんをたくさん診ていて、「15年くらいしかもたないから」と心配され、手術を躊躇されているのを経験します。また、「まだ痛いのは我慢できるから、もうちょっと辛抱したい」とか、「まだ夜が眠れているから大丈夫です」とか、「まだ歩けないことはないから大丈夫です」という話をよく聞きますが、ご家族に聞くと、「毎日痛いと言っています」と言います。
実際に歩いている姿を診てみると、普通の生活ができる様な姿勢ではないことが多くて、痛みが出ないように出ないように、なるべくゆっくり歩いたりとか、あまり出歩かないようにしたりとか、重い物は周りの人に持ってもらうとか、生活の範囲を制限して日常を送っている方が多いです。
そうではなくて、やはり、自分ひとりの力でいろんなことができて、旅行をするとか、そういうごく当たり前のことができるように治療を考えた方が良いと思います。痛みを気にせずに毎日を過ごし、やりたいことができるようになるお手伝いができると思っています。
協力:
JCHO星ヶ丘医療センター
整形外科 部長
原口 圭司 先生
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詳しくは、医療機関で受診して、主治医にご相談下さい。