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第12回 『人工肘関節のスペシャリストに聞く』

北新病院 末永 直樹 先生

北新病院
末永 直樹 先生

人工肘関節置換術は、膝や股関節の人工関節置換術と比べると非常に少ない手術ですが、近年、手術を受ける患者さんは増加しつつあります。そこで、今回は、医療法人朋仁会 北新ほくしん病院 上肢人工関節・内視鏡センター長の末永すえなが直樹なおき先生にお話をうかがいました。

  1. 肘の人工関節置換術とは
  2. 対象となる疾患
  3. 人工肘関節
  4. 合併症
  5. 手術の実際
  6. MIS(低侵襲)による人工肘関節置換術
  7. 術前術後の経過
  8. 術後の注意点
  9. まとめ

1. 肘の人工関節置換術とは

膝や股関節の人工関節と同じように、関節のいたんだ部分を削って、その中に、チタン製やポリエチレン製の人工物を挿入して関節を再建する(作り直す)手術です。むし歯の処置をイメージするとわかりやすいと思いますが、むし歯の表面を削ってセメントを入れ、銀歯をかぶせるのと基本的には同じことです。ただし、肘の場合は、銀歯と銀歯がかみ合うように、金属同士が合わさるということはありません。一般的には、一方が金属製でもう一方はプラスティック製というものがほとんどです。
人工肘関節置換術を受けられる方は、膝や股関節に比べて非常に少ないです。日本では、膝と股関節の人工関節の手術件数を併せると10万件くらいありますが、肘の場合は1500件程度とかなり少ないですし、人工肘関節の手術を行っている医師も限られているのが状態です。しかし、この20年で手術件数ははるかに多くなっていると感じています。

2. 対象となる疾患

膝や股関節は体重がかかる関節(荷重関節)なので、変形性関節症といって加齢によって軟骨がすり減ってくる疾患が対象になることが多いのですが、肘の場合、多くは関節リウマチが対象となります。年齢的には60歳以上の方が多いです。
もちろん、変形性肘関節症がひどい場合にも行います。この疾患は日本人にとても多いのですが、関節を取り替えなくても痛みが取れる手術があることと、仮に人工肘関節にしたとしても、肘への負担で人工関節自体が破損したり緩んだりすることが多いので、対象となる患者さんが、高齢者の女性でなるべく肘を使わないような人に限られてきます。
また、高齢者の骨折で関節がぐしゃぐしゃに壊れてしまって再建できないような場合や、再建したとしても正常な関節の動きがすぐに獲得できないような場合には、人工関節の適応となります。このほか、子供の頃にケガをして、その当時は治療ができず、大人になって肘が固まってしまった症例に対しても、肘を動かすことを目的として人工関節を入れることもあります。
下肢の関節とは違って体重のかからない関節ですので、痛みをとるだけはではなく、関節の動きを良くする、あるいは、関節の機能を良くする目的で手術を行うというのが特徴です。

3. 人工肘関節

肘の人工関節には大きく2つのタイプがあります。ひとつは表面置換型(ひょうめんちかんがた)、もうひとつはリンク型(連結型ともいいます。)です。表面置換型は、上腕骨側(肘から上)と尺骨(しゃっこつ)側(肘から下)の人工関節が分かれているタイプで、リンク型は、上腕骨側と尺骨側の人工関節が蝶番で一体化しているタイプです。
昔の人工肘関節は、完全なリンク型でまったく遊びがなかったため、関節に非常に負担がかかり、人工関節が緩んでしまうことが多くありました。その後、関節の表面だけを換えるという表面置換型が開発され、そして近年、同じリンク型でも動きに遊びを持たせた「半拘束型(はんこうそくがた)」と呼ばれるものが開発されています。
関節リウマチは変形性関節症と違って、骨と骨をつないでいるじん帯も正常ではない場合が多いので、この病院ではリンク型の「半拘束型」人工関節を使っています。このタイプは骨を切除する量も少なく、また靭帯のバランスを考える必要がないため、安定した手術を行うことを可能にしていると思います。
また、人工関節の寿命については、長期の成績が出ている人工関節がまだ2~3種類しかないのですが、それに関しては15年で87~88%持つといわれています。とても長持ちする関節といえますが、逆に考えると15年で13%が再置換となる可能性があるということです。そのため、最初の手術の前には必ず再置換術についても説明しています。

4. 合併症

感染(化膿)

一般的に下肢の人工関節では感染の確率が1~2%と言われていますが、肘の場合は4~7%くらいです。肘の関節は皮膚からとても近いので、感染する確率が高いのです。感染を起こすと、ひどい場合には人工関節を抜去しなければならなくなります。
特に、リウマチなどで生物学的製剤を使っている患者さんに人工肘関節置換術を行うと、感染が多いという報告があります。そのため、当院では生物学的製剤の投与と投与の間に手術をするようにしています。例えば、インフリキシマブ(製品名:レミケード)は通常8週間隔で投与されるので、投与後4週目くらいに手術を行っています。ただし、そうしたことで感染率が下がるとか感染しないという根拠は残念ながらまだありません。

神経損傷

肘関節の近くには尺骨神経と呼ばれる神経が通っています。これは小指と薬指を動かしている神経ですが、手術中にこの神経を傷つけてしまうと、しびれや麻痺などの症状が残ることがあります。
手術の時には、術者は必ず神経を見て確認して、それを避けて手術を行いますが、避けている間に神経に負担がかかってしまったり、関節リウマチや変形性関節症で骨が棘状に変形して神経を圧迫したり、手術後に関節全体の形態が変わることで神経が圧迫されて麻痺が起こることもあります。

皮膚の壊死

手術で切開した部分の皮膚が壊死してしまうことがあります。これは傷口からジクジク浸出液が出て傷が治らない状態です。リウマチで皮膚の薄い患者さんに多いのですが、ひどい場合は、皮弁形成術(ひべんけいせいじゅつ)といって皮膚の形成手術をしなければならないこともあります。

5. 手術の実際

手術時間は、人工関節の種類によっても違いますし、骨セメントを使うかどうかによっても違いますが、習熟した医師が行えば1時間半から2時間くらいで終わります。
この病院では骨セメントを使用することが多いため、全身を管理しやすいように全身麻酔で手術することが多いです。これは、骨セメントを使う時にショック症状を起こす場合があるからなのですが、肘の場合はめったになく、私自身も経験したことはありません。
出血量に関しては、手術中は、トニケ(ターニケットともいいます。)といって手術部位の血流を止めるものを使っているので、出血はほとんどありません。手術後を含めても150~300mlくらいで、血抜きの管(ドレーン)を入れない場合もあります。輸血をすることもありません。

6. MIS(低侵襲)による人工肘関節置換術

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MIS(Minimally Invasive Surgery)とは、一般的に「患者さんへの侵襲が少ない手術」とされていますが、単に傷が小さいということではありません。これは、最大限、正常な組織を傷つけないで行う手術のことです。肘関節の手術では、上腕三頭筋(じょうわんさんとうきん)といって肘を伸ばす大切な筋肉がありますが、従来の方法では、その筋肉を切ったりはがしたりして手術を行っていました。このように上腕三頭筋を傷つけてしまうと、手術後に肘の伸びが悪くなり、さらに力も弱くなってしまいます。肘を伸ばす力がなくなると、肩も回らなくなります。

 

wadai012-3ですから、ここでは上腕三頭筋を切らず、さらに、もっとも壊死を起こしやすい部分の皮膚を傷つけずに手術を行っています。従来の方法では、肘の伸びが悪く、また、肘を伸ばすとはずれてしまう機種もあったために、手術後にあえて肘を伸ばさないようにしていましたが、三頭筋を切らなくなってから格段に肘の伸びが良くなりました。手術前にまったく伸びなかった患者さんの肘が伸びるようになります。今は0度(正常、つまり肘を完全に伸ばした状態)までいく患者さんも結構多いです。

7. 術前術後の経過

通常、手術の前の日に入院して、翌日全身麻酔で手術を行い、だいたい手術後2週間くらいで退院されています。

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手術後は、関節の安静を保つためにシーネと呼ばれる添え木で固定する場合があります。リウマチの場合、関節を動かすと炎症を起こす可能性があります。炎症を起こすと、傷から浸出液が出て、徐々に溜まってくることがあります。ですから、術後2週間は安静にするためにシーネで固定しています。

術後2週間で傷が治れば、肘を動かし始めます。リハビリテーションは通常ほとんど必要ありません。最初は腫れているのでどうしても曲げ伸ばしがしにくいのですが、3ヶ月くらいで目標の可動域(関節を動かす範囲)になります。
ちなみに、この病院での目標の可動域は0~140度、つまり正常の可動域です。術前の状態に関係なく、肘の機能として最高のものを目指していて、およそ7割の患者さんが達成されています。

8. 術後の注意点

普通に生活する上では特に制限はありません。ただし、リンク型の人工関節なので、2kg以上の物を持ったり、腕立て伏せのような荷重をかけたりしないようにします。スポーツに関しては、人工肘関節の術後は正常な靭帯が残ってないので、負担が直接人工物にかかります。そのため、あまりお勧めはしていません。

9. まとめ

人工肘関節置換術は、この20年の間に日本でもかなり普及し、手術によって機能が回復して満足している患者さんもかなり多くなっています。
しかし、合併症のところでも説明したように、下肢とくらべて感染率が高いことや、神経損傷の可能性があることも事実です。さらに、リウマチなどで関節がひどく変形していたり、骨が融けてしまっている症例もあり、そのような場合は、正確な位置に人工関節を設置するために非常に高度な技術を要します。
習熟した医師であればかなり成績が良い手術ですが、誰でもできる手術ではありません。合併症を起さず、機能を回復させて、なるべく長持ちさせるためには、人工肘関節を行っている上肢の専門医を受診することが大切です。

協力:
医療法人朋仁会 北新病院

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