浜松医療センター 整形外科 股関節再建・人工関節センター 岩瀬敏樹
人工股関節置換術は、高度な変形性股関節症の患者さんなど股関節の機能が著しく損なわれた人々にとって、とても治療効果の高い手術であることはご存知のとおりです。痛みが取れるというだけでなく、「まっすぐ歩けるようになった」、「いままで股関節の動きが悪いためにできなかったお辞儀ができるようになって人と会うのが楽しくなった」「人目を気にせず娘と一緒にデパートへ行けるようになり家族の関係が良くなった」など、人生の潤いが得られ、日々の生活が充実したものに変化したという患者さんの声は、日々の診察の中でよくお聞きするものです。中には、今までの苦痛が無くなり気持ちが晴れ晴れとした為か、食欲が増進し食べ歩きをしてしまい体重が増えてしまったといった、股関節の病気の患者さんにとってうれしいような、困るような事柄もあるようです。
このように、人工股関節は、ともすれば手術を受けたことを忘れがちになるほどの症状改善効果が得られる場合も多い手術ですが、少し立ち止まって覚えておいていただきたいことがあります。
それは、手術を受ける前に担当医師から説明された大切な手術前後の注意点を忘れないようにしていただきたいということです。
手術の前には、手術の内容や治療効果など人工股関節の手術を受けることによって患者さんにとって有益となる内容の説明に加え、起こっては欲しくない”脱臼”・”感染”・”下肢深部静脈血栓症・肺血栓塞栓症”などの手術に伴うリスクの説明が必ずあるはずです。さらに、手術後の定期検査を継続して受けることの大切さも説明内容に含まれていると思います。
脱臼・感染・下肢深部静脈血栓症・肺血栓塞栓症に関してはこのホームページ内にも書かれていますのでそちらを参照していただくとして、今回のコラムでは術後の定期検診の重要性についてご理解を深めていただきたいと思います。
術後の定期健診の重要性
人工股関節は、手術手技の進歩やきわめて良好な成績が得られる機種への理解の深まり（特にセメント使用人工股関節で顕著）といったこの手術を取り巻く環境の進歩などにより人工股関節置換術を受けられる患者さんの数は増加傾向が続いています。しかし、人工股関節が人工のものである以上、人工股関節を支える骨との境界は必ず存在し続けることになります。人工股関節と異なり、骨は生き物ですので、年齢を取ること・人工股関節を支えざるを得ない環境にさらされること・人工股関節を使い続けることによって生じる摩耗粉（小さな削れた粒子）が生じることなどの影響でさまざまな変化を起こします。場合によっては、人工股関節のゆるみや人工股関節周囲の骨折などにつながる可能性を秘めています。
このような、ゆるみは、はじめのうちはなかなか症状を現しません。皆さんが日常的に受けられるレントゲン撮影を定期的に継続して受けていただくことによって早めの発見につながるのです。
人工股関節を受けたあと良くなったので病院への定期受診を行わないでいて、人工股関節がゆるんでいることに気づかずに長年経過したあとで、人工股関節を支えていた骨が広い範囲で溶けてしまった状態となり人工股関節の再置換術（いれなおし）を考慮しなくてはならなくなった患者さんは、私たち人工股関節置換術を行う医師にとってしばしば大きな悩みの種となります。
なぜなら、人工股関節の再置換術（いれなおし）の手術方法にも大きな進歩が見られるのですが、そのような人工股関節を支える骨が少なくなってしまった状態に対する人工股関節の入れなおしの手術は、初回の人工股関節置換術よりはるかに大きな手術となることもしばしばです。溶けた骨に対する骨移植や特殊な手術方法の検討なども必要ですし、患者さん自身も年齢が高くなっていていろいろな内科的な持病を持っている方がふえてくるなど、手術を取り巻く条件が良くない場合が多いからです。
なるべく手術の安全度や術後の成績を向上するためには、定期診察の中での早期の対策がより効果的ですし、もし再置換術が必要であったとしても医師や患者さんへの負担が比較的小さな時期に対応できる可能性が高いのです。定期検診は可能な限り手術を受けた医療機関で、人工股関節に対する専門知識を持った医師に継続してみてもらうことが望ましいでしょう。
手術の前に担当医から説明される注意点は、患者さんにとって心地よい事柄のみではないのですが、治療に関する問題点や課題を理解していただくことや注意を忘れないで定期的な検診を継続して受けていただくということは、患者さん自らが治療に参加するという観点からとても大切なことですので十分なご理解をいただきたいと思います。