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患者さんに優しい人工膝関節置換術を目指して

人工関節センター長 渡邉 哲関西メディカル病院

社会医療法人純幸会 関西メディカル病院
整形外科部長   人工関節センター長 渡邉 哲

中高齢になると、膝(ひざ)関節の痛みや変形のために、歩行や日常生活が不自由になる変形性膝関節症という病気があります。鎮痛薬が効かなくなってくれば、人工膝関節置換術(TKA)という手術で治療することができます。現在日本は世界で最も高齢化が進んでおり、人工膝関節の手術適応となる方が年々増加しております。

すべての手術にも当てはまることですが、患者さんは手術に“期待”と“不安”をお持ちだと思います。手術後に痛みから解放された生活に“期待”する反面、「手術後に膝が治らなかったらどうしよう…」、「手術は痛いのでしょう…」などと“不安”を訴えられる方もおられます。

人工膝関節を専門としている整形外科医は、少しでも安心して手術を受けられ、手術後に満足いただけるような患者さんにやさしい治療を目指してさまざまな取り組みを行っています。

画像診断

まず、手術を悩んでおられる方には、検査結果をわかりやすく説明することで、なぜ痛いのか、どこが悪いのかを理解してもらえるように努めています。例えば、「他院ではレントゲンではそんなに悪くないと言われたんだけど」という方もいますが、高性能なMRIで検査をすると、悪いところがよくわかる場合があります。患者さんだけでなく、我々医師も納得できないと手術はできません。自信を持って、「手術でここを治したら良くなる」という確信がないと手術はお勧めできないのです。私達は少しでも不安なく手術を受けていただくための取り組みも大切と考えています。

低侵襲手術

watababedr2“MIS(エム・アイ・エス:低侵襲手術)”という言葉をご存知のかたも多いと思いますが、これは体にやさしい工夫をした手術のことです。MIS:低侵襲とは単に“手術の創(キズ)が小さい”という意味ではありません。関節周囲の組織をなるべく傷つけず、大腿四頭筋(膝関節を支える大きな筋肉)をほとんど切らないことで、手術後の痛み軽減や、キズの早期治癒、筋力の早期回復をはかります。また、皮膚縫合や医療用のホチキスによる閉創は、リハビリ時の痛みにつながると考えています。そこで、皮膚表面を縫合しない“真皮縫合”を行うことにより、皮膚の痛みが出ないように、さらに早くきれいに治るように工夫しています。

ギャップ手技による軟部組織バランス

膝の変形は患者さんによって様々ですが、膝の靭帯(軟部組織)の伸び具合も患者さんごとに異なります。人工膝関節は入れた後の膝関節の靭帯バランス(緊張度)が非常に重要になります。靭帯バランスが悪いと関節の不安定性(がたつき感)やつっぱり感が生じて、痛みや関節可動角度の不良の原因となったり、または人工関節そのもの傷めてしまう結果になったりする可能性があるからです。そこで、バランサーと呼ばれる器具を使って、骨の切り取る量を患者さんごとに微調整しています。この手法は靭帯を骨からはがす処置を少なくするので、MISにつながるものと考えています。

 ナビゲーションシステムの導入

左:皮膚の上からピンを打つタイプ 右:骨に直接ピンを打つタイプ

左:皮膚の上からピンを打つタイプ
右:骨に直接ピンを打つタイプ

人工膝関節置換術には痛みを軽減させる以外に、膝の変形を矯正し脚をまっすぐにするという目的もあります。最近ではコンピューターナビゲーションを用いることで、より高精度な変形矯正が可能となっています。従来のナビゲーションは、手術のキズ以外に、骨の位置情報をコンピューターで認識するための“ピンを打つキズ”が必要でしたが、2017年1月に導入した新しいナビゲーションシステムは、手術のキズ以外の“ピンのキズ”を必要とせず(右写真の右側)、前述のギャップ手技やMISを併用することによって、より患者さんにやさしい正確な手術が実現したと考えています。

 

手術後の痛み

手術日は麻酔が効いているため無痛状態ですが、手術翌日リハビリで運動を開始すると痛みを感じます。最近では脊椎麻酔以外にも、手術時に関節周囲に多種類の薬剤を注入するカクテル療法や、エコーガイド下の大腿神経ブロックなどによって術後の痛みの多くは軽減されています。手術後リハビリの痛みは、個人差はありますが2週間くらいまでに収まります。その後に残存する痛みは、症状に合わせた適切な薬を使用することや、適切なリハビリテーションを行うことで、軽減させることができます。

人工膝関節置換術を専門とする整形外科医は、以上のように、患者さんの不安や痛みを軽減させる多くの方法を持っています。また、診察中の限られた時間ではありますが、「膝はどのくらい曲がるようになるのか」や、「何ができて何ができないのか」、「痛みに対する対策はあるのか」など、手術前に主治医と納得のいくまで話をしていただくことが大切です。手術前に手術後の自分をイメージすることが“安心”にもつながります。もちろん、我々も患者さんの期待通りの結果が得られるように、万全の体制で手術を行い、今後もより“患者さんに優しい”治療を目指して日々努力を続けていきたいと思います。