第26回 治療最前線:人工膝関節置換術の手術後の痛み対策

人工膝関節置換術の満足度に影響するもののひとつに「手術後の痛み」があります。今回は、3名の先生方に手術後の痛み対策の実際について語っていただきます。
医療法人宮仁会  猫山宮尾病院  副院長の涌井元博先生、JA福島厚生連  坂下厚生総合病院  副院長の菊地忠志先生、医療法人社団北水会   北水会記念病院  水戸人工膝関節センター長の塚田幸行先生は、いずれも人工膝関節置換術の経験が非常に豊富なスペシャリストです。

 

人工膝関節置換術後の痛み
痛みの原因塚田先生:手術後の痛みの原因には色々なものが考えられます。手術の傷あとの痛み、膝の腫れによる痛み、また、膝の変形が矯正されたことによって生じる靭帯の痛みなどです。痛みの感じ方は人それぞれですが、痛みそのものの苦痛に加えて、痛みのためにリハビリテーションが思うように進まず社会復帰が遅れてしまうなど、患者さんにとっても深刻な問題です。そのため、我々も手術後の痛みを抑えるために様々な対策をしています。

1.カクテル注射(関節周囲多剤カクテル注射)
塚田先生:最近、カクテル注射(関節周囲多剤カクテル注射)と呼ばれる処置が普及してきて、手術後の痛みがかなり抑えられるようになっています。これは、手術の傷を閉じる前に、関節の周辺の組織に消炎鎮痛剤やステロイド剤、麻薬などの薬物を直接注射するものです。涌井先生、菊地先生はいつごろからカクテル注射を行っているのでしょうか?

菊地先生:2012年から行っています。それまでは膝の痛みに関連する神経(大腿神経と坐骨神経)のブロックを行っていました。これらの神経をブロックするとほとんど痛みがなくなるのですが、運動神経もブロックされてしまい、脚が動かせなくなるということがありました。カクテル注射では神経ブロックと同様の効果がより簡便に得られています。

涌井先生:私も2012年から始めました。何よりも簡便で、注射自体はものの1分もかかりません。それなのにとても大きな効果が得られ、「本当に良い方法を導入した」というのが実感です。以前は、背中から管を入れて痛み止めを持続的に注入する方法(持続硬膜外麻酔)を手術後1日半くらい行っていましたが、患者さんによって効果にばらつきがありました。

塚田先生:私も持続硬膜外麻酔とカクテル注射の効果を比べる研究を行った上で、このカクテル注射は非常に良い方法だと確信しました。ただ、カクテル注射の効果が切れた後に、より強力な痛みを感じる「痛みのリバウンド(リバウンド・ペイン)」、が出てしまうことがあります。それに対する良い方法はあるでしょうか?

涌井先生:手術後1日目の夕方くらいから出てくる痛みですね。カクテル注射がだいたい丸1日効いていますが、ちょうどリハビリテーションの量を増やそうという時に、“リバウンド・ペイン”が出てしまいます。

塚田先生:対策として、菊地先生が行っている、手術の翌朝にもう一度カクテル注射を打つ方法がかなり注目を浴びていると思います。

菊地先生:基本的に全例に行っています。400例以上の経験がありますが、これまで明らかな副作用は起こっていません。ただし、人工関節の周辺に注射をしますので、糖尿病を合併している患者さんでは感染に注意する必要があります。
具体的には、手術の傷あとの付近から針を刺して内側・外側の大腿四頭筋(太ももの前面の筋肉)に薬を注入します。1回目のカクテル注射と比べて、麻薬を使わず、またステロイド剤なども半量にしていますが、それでも手術の翌々日まで十分に痛みを取り除くことができています。痛みが特に強いとされる手術後2日間にしっかり効いていると思います。

2. その他の痛み対策
塚田先生:この手術の翌日に行うカクテル注射は、より効果的で安全な方法、そして薬剤についての検討が日本中で行われていると思います。次にカクテル注射以外の対策はどうでしょうか?

涌井先生:原則として、手術後に非ステロイド性消炎鎮痛薬を1日3回内服してもらっています。手術当日には、手術室から戻った後に1回、非ステロイド性消炎鎮痛薬の点滴をしています。さらに追加で別の解熱鎮痛薬の点滴も行っています。

菊地先生:私は手術翌日のカクテル注射をした後は、痛みがあるときだけ解熱鎮痛の座薬を使っています。もちろん、必要に応じて胃薬(胃酸の分泌を抑制するような薬)を投与して、非ステロイド性消炎鎮痛剤による胃潰瘍の予防措置も行っています。また、痛みをとるための補助的な手段として、膝の持続冷却装置を手術後2日目まで行い、それ以降も入院中は保冷剤でしっかりと冷却を続けています。冷却療法を積極的に取り入れてから、鎮痛薬の使用量が減りましたので、痛みを抑える効果があるのだと思います。

3. 手術の工夫
塚田先生:痛みを抑える方法については、薬だけでどうこうという時代ではなくなってきていて、菊地先生のように、色々な手段を用いるというのが主流になっていると思います。手術部位の冷却もそうですし、手術方法もそうです。

菊地先生:私は低侵襲手術(MIS:Minimally Invasive Surgery)をやっているわけでもなく、手術の操作がしやすいように太ももの前面の皮膚を十分に開いています。先のような方法で手術後の痛みがある程度抑えられることと、安全性を重視してのことです。手術後に長引く痛みは、筋肉や靭帯などの軟部組織が過度に緊張することが原因となっている場合が多いと考えます。その程度によって患者さんは、痛みやつっぱり感、違和感などを自覚するのだと思います。ですから、人工関節を設置する際には、軟部組織が緊張しすぎないように心掛けています。

涌井先生:私も、特にO脚(内反膝)の場合はきちんとバランスを取って、緊張しすぎないように処置をしています。あとは、手術後に“膝関節が伸びない状態(屈曲拘縮)”にさせないことが大事です。屈曲拘縮が残っていると痛みを訴える方が多くなると思います。手術前から膝が伸びない、あるいは動く範囲(関節可動域)が狭いという場合は、筋肉や靭帯などの軟部組織が短縮していることも少なくありません。このため、手術で靭帯などのバランスを整えて人工関節を正しく設置することはもちろんのこと、手術後のリハビリテーションも重要になります。そのような意味でもリハビリテーションの進行を妨げるような手術後の痛みはきちんと抑えなければならないと思います。

4. ターニケット(駆血帯)を使用しない
塚田先生:屈曲拘縮を残さないことは基本中の基本ですが、非常に重要なことでもありますね。手術に関して、人工膝関節置換術では、手術中の出血を減らすためにターニケットと呼ばれる道具を使って膝の血流を止めることが多いですが、菊地先生は早くからターニケットを使わない、侵襲の少ない手術を行っていますね。

菊地先生:十数年前からターニケットは使用していません。昔、太ももの動脈を手術した後でターニケットが使用できない患者さんがいました。やむを得ずそのまま手術を行ったのですが、意外と出血が少なく、その後も続けることにしました。手術中の出血量の平均は130g台です。100g以下の患者さんも少なくありません。ターニケットを使用しないと、手術中に十分な止血ができるので、手術後の出血が少なくなります。従って、手術後に膝の中にたまる血液を排出するための管(ドレーン)を留置する必要性もなくなりました。

涌井先生:我々もカクテル注射を導入した頃からターニケットは使っていません。ターニケットを使用した時と使用しない時で患者さんの痛がり方が違うように思います。ターニケットを使わない方がより侵襲が少ないのかな、と思います。

塚田先生:ターニケットを使用しなくなったらドレーンを入れる必要がなくなり、医療者側も管理が楽になりました。また、ターニケットを外す時には一気に脚に血流が戻り、その瞬間に心臓にもかなりの負担がかかりますが、その心配もなくなりました。手術後にかけての総出血量もターニケット使用時よりも少なく、患者さんの手術後の全身状態が非常に安定しています。
ターニケットを使用することは決して悪いことではありませんし、人工関節を固定する際にセメントを使用するならば、ターニケットを使用した方が良いと思います。ただ、患者さんの侵襲を少なくするならば、ターニケットを使わない方が良いと私は確信しています。

3人

左から菊地忠志先生、塚田幸行先生、涌井元博先生

まとめ
 塚田先生:人工膝関節置換手術後の痛みは、患者さんの満足度に直結しますし、リハビリテーションの妨げにもなります。基本にあるのは、患者さんに最適で正確な手術を行う外科医の技術になると思いますが、カクテル注射を行うことはもちろんのこと、手術部位の冷却などさまざまな工夫によって手術後の痛みはかなり抑えることができるようになっていると思います。

協力:
医療法人宮仁会 猫山宮尾病院
JA福島厚生連 坂下厚生総合病院
医療法人社団北水会 北水会記念病院 水戸人工膝関節センター

 

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