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人工股関節術後の日常生活について

センター長 平澤 直之北水会記念病院股関節センター

北水会記念病院股関節センター  センター長  平澤 直之

人工股関節全置換術を受けられる患者様は年々増加傾向にあり、現在は年間40000人以上の方が受けられているとされております(矢野経済研究所2009年版 メディカルバイオニクス(人工臓器)市場の中期予測と参入企業の徹底分析より)。以前はその長期成績にばらつきが多く非常に不安定な手術であったため、一部の専門的な医療機関でしか受けられませんでしたが、近年は最小侵襲手技も普及し、比較的安定した成績が得られております。 それに伴い、以前は手術した後は人工股関節を長持ちさせるために大切にかばい続ける方が多かったのですが、現在は日常生活だけでなく、旅行、登山、肉体労働やスポーツなど数多くの活動をなさる方が多くなってきました。そこで人工股関節全置換術後の日常生活について少しアドバイスをさせていただきます。

1. 手術後は患部を大切にしなくてもいいのですか?

一般的に、人工股関節は耐用年数が15年前後と言われております。近年クロスリンクポリエチレンの出現や、部分的にセラミックを用いたものによって実験的には耐用年数が向上しているものと見込まれますが、それらの製品は臨床応用されてから中期成績しか出ていないためあくまでも見込みでしかありません。私見では良く見積もってせいぜい20年かと思っております。
さて、常識的に耐摩耗性で考えると、人工股関節は使えば使うほど寿命が短くなると考えられます。一般的には、水中歩行やアクアビクスなどの水中動作が勧められ、サイクリングなどの動作で負担がかかるとされております。しかし、ここからは患者様それぞれの価値観の違いとなりますが、せっかく痛みが取れて何でもできるようになったのだから好きなことをしたいという方もいらっしゃいます。
私個人的な意見としては、あまり股関節にとって負担のかからないことを意識するよりは、少しは股関節のことを忘れて好きな運動をしていただくことをお勧めします。そういった患者様の方が、話をしていても前向きで明るいような気がします。せっかく痛みが和らいだのに人生が股関節で終わってしまったらつまらないのではないですか?

2. 手術後どのようなリハビリを続ければいいのですか?

膝関節と違い、日本人の股関節症は先天的な骨盤の形態(臼蓋形成不全)に起因することが多く、それ故長い期間痛みに耐えてから手術をなさる方の割合が海外に比べても高いことが分かっています。長い期間痛みを患っていると、期間に比例して筋力が落ちており、回復には時間がかかります。どんな優秀なリハビリをもってしても10年間で落ちた筋肉を1カ月でつけることは不可能です。ですから、退院してからも持続的に筋肉をつけることは重要です。その時に不足している筋肉は患者さんにとってまちまちですから、退院の際に手術を受けた病院の理学療法士に受けた指導を継続することが大切です。また、外来受診の際に、執刀した医師に伺うのもいいでしょう。
しかし、自宅で行うような自主トレーニングは屋内でのつまらない反復動作が多く、飽きてしまうのも事実です。近年のスポーツ医学の領域でも、楽しみながら行う運動と仕方なく行う運動とではトレーニング効果が大きく変わることが言われています。仮にリハビリに通院していても、「医師に言われるから」とか「何となく行っている」などで通院を続けていて、実際にあまり楽しんでいなければ、理想的な運動であってもトレーニング効果は知れています。個人的にはあまり股関節を意識せず、患者様ご自身の趣味などと合わせながら楽しんで行える運動で筋力がつけばいいのではないかと考えます。

3. リハビリはずっと続けなければなりませんか?

前述の通り、基本的に長期間で落ちた筋肉は短期間では改善しません。ですから理屈上は完全に筋力を回復させるためには、手術後も何年にもわたってトレーニングを続けなければなりません。しかし、患者様によっては「私は以前から活動的ではないし、自宅の周りだけ動ければ十分です」という方もいらっしゃいます。そのような方は、自宅周辺が十分に動けるようになればそれ以上のトレーニングは不要ではないでしょうか?逆に「友人と旅行に行きたい」「テニスを始めたい」などと目的があるようでしたら、それに向けてトレーニングを続けていただくのがいいでしょう。日常生活が自立するある一定のレベルに達したら、あとはご自身で決めていただくのがいいと考えます。少なくとも”筋力をつければ人工股関節が長持ちする”という話は、信憑性が薄いようです。

4. やってはならないことはありませんか?

現在、人工股関節の領域においては手術手技の向上、インプラントの性能の革新、ナビゲーションの出現などがあり、手術がより正確にできるようになってきました。それに伴い、以前は最も憂慮すべきであった脱臼に関しては手術手技での予防が可能になってきました。水戸股関節センターでも、手術後の患者様には原則禁忌肢位や脱臼肢位などは設けておりません。そのような患者様は当然、「何をやっても構いません」ということになります。つまりしてはならないことはないということです。
しかし、これは患者様の状態によっては必ずしも当てはまることではありません。現在の技術をもってしても、再置換術後においてはやはり「やってはならない動作」というものが出てきてしまいます。具体的には執刀に当たった医師に聞いていただくのが最良であると考えています。
最後に、私の個人的な意見から、患者様に一つだけお願いしたいことがあります。最も難しいことですが、なるべく手術を受けたことを忘れてください。手術前に比べて痛みが改善したとはいっても、当然古傷の痛みや違和感はあるでしょうし、完全に忘れることなど難しいことは承知しております。さらに①で述べたとおり、人工股関節には寿命があります。無茶をすれば耐用年数が減ることが考えられるので、気になるのは当然と言えます。私も患者様に必要以上の無理は勧めません。当然定期健診は必ずかかってください。しかし、人工股関節に負担をかけまいとずっと杖を離さず、いつも動きに注意しながら、転んだ日には人工関節がどうにかなっていないか心配で眠れないという方もいらっしゃいます。それでは痛みがとれた喜びも半減ではないでしょうか?手術を執刀した先生を信頼し、大船に乗ったつもりで「何かあったらこの先生が何とかしてくれる」という気持ちを持っていただくのが幸せかもしれません。きっとあなたを手術してくれた先生は何とかしてくれますよ。